130701_DSC0002.jpgクリスチーネ ヤッタドッー

貸別荘 南伊豆 自然館の隣で春から秋を過ごすクリスチーネ(スイス人)が、海の近くの畑を見に来た。
私がほんとに野菜を作っているのか(まあまあうまく)、信じがたかったようだ。
実際去年までは、自然館のミニミニ畑と貸別荘 伊豆河津 日の出 ミニ畑での野菜作りの出来をみると、それも仕方がない。
これで少しは私の「信用」も上がったに違いない。
ということで、キャベツ、ズッキーニ、キュウリ、ナス、枝豆を土産に、満足して帰って行った(と思う)。

彼女は、スイスと日本で半年ずつ過ごすのだが、時間があれば、ヴァルドルフ人形(シュタイナー)を作っている。「ルドルフ・シュタイナーの考え方に共鳴し、日本(南伊豆)で自ら自然な生き方を貫きつつ、注文者の希望に沿った真に手作りのwalldorf人形を制作しています。」
URL 人形作家 Christine 参照
日本語を話すことが出来、日本にも長いので、日本人の表面的なことだけではなく、いろいろな面を知っているので、まじめに話すと楽しい。

130701_DSC0004.jpg130701_DSC0007.jpg写真2枚目は海近くのキャベツ

こちらは、いまのところほとんどベト病の心配はなさそうだ。とはいえ梅雨明けまで持つかどうかは、わからないが。

3枚目は間引いたつもりの人参(デカイの有り)と枝豆。

帰って枝豆を湯がいて食べたが、いいね!

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2013.07.01 / Top↑
遅ればせながら、Metis 「人間失格」を聞いた。ひょんなことからネットでひっかかり、YouTubeへ。なかでも、ニューヨークタイムズの写真を使ったものが最もピッタリ来た。
http://www.youtube.com/watch?v=zrJje5pTZ0A&feature=related
あれからもう1年。なにかモヤモヤしているものが、いまだにうまく解決できていないが、この歌を聴いていると、ぴたっとくるというか、なにかしっくりくる。
でネットでCDを探したところ、まだ初回限定版のDVD付きがあったので、注文した。今いる埼玉では、そうボリュームを上げて聞くことができないので、河津へ持っていって聞くつもりだ。
Metisの他の曲はあまり好きではないのが多いが。これは彼女にぴったりのようだ。声も無理せずに自然に歌っている感じだ。
普段は、エンヤを良く聴く。平原綾香のジュピターもいいが。

家を失い、集団で生活していたときに、我々が何か忘れてしまったものを、思い出したかのようにも見えたが、再び個の生活に戻り、あのときの体験、感覚、感情はもう過去のものになってしまったのだろうか。資本主義的生産関係にどっぷりつかっている我々には、どうすることもできないのか。

それにしても上のYouTubeに出てくる写真は素晴らしい。私も写真を撮りに行ったが、満足なものはほとんど撮れなかった。

あー、時間がない・・・
2012.03.09 / Top↑
120204_DSC9280.jpg今年は、展開するつもりだ。

世界情勢は、いよいよ怪しくなってきた。ギリシャは事実上すでに破綻している。たとえ3月危機が収まったとしても、一時的なもので、2012年は激動の時代の幕開けとなるであろう。
日本の食糧自給率40%を考えると、野菜等の暴騰は避けられそうにない。埼玉あたりでもやけに畑(家庭菜園)が、増えた。少なくない人が、感じ取っているのであろう。

今現在、税金のかかっている「家」(満足に住めるかどうかは問わず)が8軒ある。伊豆南に5軒。うち2軒は貸別荘。それに付随するのが2軒だが、実験農場にする土地がない。購入時はそれなりの理由があって買ったのだが、ここにきて資金的にも厳しくなった。今1軒は売りに出しているのだが、今年は、農場になる土地を200坪くらいは手に入れたい。

今現在は、2箇所合わせて30坪くらいのミニ菜園でぎゅうぎゅうにやっているが、今年から少し本格的に農をやるつもりだ。もちろん、十分な畑にするには数年かかるだろうが、まずもっと広い土地が欲しい。
とはいえ、単に農業がやりたいというわけではない。

21世紀、人らしく生きるには
食、住、遊、学を素直に、ナチュラルにする。
シンプルライフだが、どう働くか、がもっとも重要である。
資本主義的生産関係にぎゅうぎゅうに縛り付けられて労働し、少しの空いている時間だけを「シンプルライフ」に、なんていうのは、ナンセンスきわまりない。
しかし、実際に、この社会の中で、働くことも含めて、シンプルライフを貫くのは容易ではない。
適当な仕事自体があまりにも少ない、資本を持っていれば、多少は選択の幅が広がるが、それでもたいていは競争に勝つことはありえない。つまり、シンプルライフを貫くには、いずれにしてもそれ相当の意志・覚悟が必要だということだ。

200坪の土地はそれほど広くはないが、当面の農としては、十分だ。農業で喰っていこうと思っているわけではなく、少しだけ本格的に実験農業をやるだけだから。
やりたいことは、農を含めた、シンプルライフ、食・住・遊・学を学ぶ場、体験する場(学校)を作りたい。ちょっとだけ触れるものから本格的に実践するものまで。

伊豆南は、東京から遠くないのに海・山・川・高原に恵まれている。土はあまり良くはないが。
住はなんとか確保している。一番足りないのは、主体=実践する人だ。
人らしく生きていきたい(金にはならないが)!という人、募集!!

今年は、展開初年なので、まだうまく回転しそうもないが、それはそれでおもしろいだろう。
真剣に生きることを考えているが、資本主義的生産関係にぎゅうぎゅうに縛り付けられて生きていくのが嫌な人、にはいいかも。まあ甘くはない。
精神的に疲れて死んだ方がマシ、でももう一回やってみようか、という人もいいかも。

2012.02.16 / Top↑
日常の課題に追われて久しぶりに更新。
日本も世界もますます末期症状がさらに進んでいるように感じられる。ここ数年で社会は滅茶苦茶になりそうな感じだ。資本主義が爛熟し、EUの数カ国の経済崩壊から、あるいは中国のバブルの崩壊をきっかけとして表皮がむけるのか。
「全ては金」の世界に生きながら、ゆとりを持って”自由に”生きるのは簡単ではない。できればやりたいことをやって生活の糧を得たいが、そうもいかない。せめて8時間の「労働」ですめばいい。「金」を持っているだけで「金」を産む、が、そのことに血眼になって、余裕を無くしてしまった人生ほどつまらないものはない。
とはいえ、今の日本で1日8時間で生活の糧を得て、余裕をもって生活することも容易ではない。労働:自由:睡眠が8:8:8(時間)となれば上出来か。
PC・デジカメ教室、HP製作、ステッカー製作、貸別荘、写真撮影、畑・野菜作り・果樹作り(学習段階)その他諸々と少々やりすぎのきらいがあるが、やりたいことがやれている方だろう。しばしば忙しすぎてじっくり考える時間がとれなくなることがあるが。

現代において人がゆとりを感じつつ充実感をもって生きるには自然は大きな要因となっているだろう。正直、伊豆南で僅かな家庭菜園程度の畑や庭で野菜や果樹を育てている時、小鳥のさえずりを聞きながら庭のベンチに座って休息している時、こんな時の流れに身を置いていることに感動することがある。と同時に一人でこんなところに居ていいのだろうかと思うこともある(罪悪感というほどではないが)。

日本の田舎の自然は素晴らしい。がそこで生きていくとなると簡単ではない。おそらく一人だけが何とか食べていくのであればそれほど困難ではないかもしれないが。資本主義の物欲生活に慣れてしまった人間にとってはなかなか難しい。我々は不必要な物の呪縛から自らを意識的に解き放たねば、”自由”な生き方をするのは難しい。
「金」とは一体何か!詳細は「資本論」を読んでもらうことにして、「金」に囚われた生活から、より”自由”な生き方へと一歩でも踏み出したい。
2011.02.07 / Top↑
何でも金の資本主義社会にありながら、少しでも人間らしい関わり方をもとうと、今日からブログを開始。
数年前から伊豆南で試行錯誤。なんとかやれそうな・・・。金はないが、食べるくらいは。
伊豆南は、冬暖かく、夏涼しい。が今年の夏はますます異常。8月半ばだというに、もう秋。夜は寒いくらいだ。この夏は一度もクーラーを使わず。もちろん昼間は暑い、汗をタラタラ流しながら屋外作業。質素な食事だが、採れたトマト、キュウリ等の野菜ともらった魚にご飯。
一応住める家が数軒と全部で約1000坪の土地。畑はまだ僅かだが、そのうち増やそう。1人分には十分だ。というか、今年は作業が多くわずかな畑もほったらかし。

思いつくまま気の向くまま気楽に書こうと思っている。

今考えているのは、
今の日本はあまりにも自分だけ良ければ良いと考える子供がまた大人も多すぎる。他人を蹴落として己一人が勝ち進むのではなく、『金』のためではない自分と他者とのやるべきことを協力しながらやる、場の設定。農作物を育てること、魚を捕ること(伊豆ならでは)そしてそれらを料理して食べるということを協力して実践することを通じて自立・他者との関係を学ぶ。そんなプログラムを年間何本か設定しようと思う。

今のところ小さな家庭菜園ほどの畑だが、土地改良、草取り、収穫等々作業、また寝泊まりする家(生徒やスタッフ)の修理、必要な用具等の製作等々けっこうあります。作業手伝い募集中(報酬無し--部屋と食事「付き」)。
2010.08.15 / Top↑